蕎麦屋
今日何年かぶりの友人の声を聞いた
東京で蕎麦屋をやってるその友人は、震災の後しばらく連絡がとれなくて心配していたが一週間ほどしてメールが来た
停電やらで大変だったけど、どうにか店やってるよ
と
落ち着いたらたまには声聞かせてよ
と返信していた
彼とはもう15年くらい会っていない
わたしが東京にいたころの友人で、わたしが高山に帰ってきてからは一度も会っていない
もう15年
数年前の彼の結婚式にも出席できず、去年の彼の母親が亡くなったときも会いに行くこともできなかった
当然わたしの娘にも会ったことはないし、わたしも彼の奥さんに会ったことはない
なにかあったとき、なにかあったわけでもないけどふと不安になったとき、自信をなくしかけているとき
そんなときにふいにかかってくる電話
かけてしまう電話
当時小手指に住んでた彼は、母親の入院費稼ぐためカーネルサンダーケンタッキーでバイトしていて、彼の仕事終わるのを待って、チキン持って(当時わたしは3食ケンタッキーでもOKなケンタッキー好き。ちゅーかハイエナやな)真夜中の狭山湖行って肝試ししたり
ふだん大人しい彼は、酔うとやたらに声がでかくなり、落ちてた野球ボール拾って投げてその辺の車のヘッドライト割ったり、かと思うと涙もろくなったり
狭山湖へギター持って遊びに行ったら西武球場で渡辺美里がコンサートやってて、そんなんが聞こえてきてなんか青春の風を感じたり
パチンコしたことない彼を連れて打ちに行って、帰りおごってもらうことになったり
みんなで海行ってナンパされてるわたしを彼氏のふりして連れさったり(若いころの話さ)
仲間はばらばらになったけど、今でもなにかあったとき連絡くれるのは彼だけだ
「日曜日は定休日だけど、なんだかんだで店来てるよ~」
彼は神田で奥さんと二人で蕎麦屋をやっている
震災直後は町から人が消えて開店休業状態だったらしいけど、それでも毎日蕎麦打ちに店行って開けてたらしい
「こんなとき俺はやっぱり蕎麦打つことしかできん
働ける者が動いて景気底上げしないとね!」
て
15年も離れていて、いまでも思ってたとおり自分とおんなじこと言ってる
15年離れていて、いまもかわらない友人
彼は彼氏でも友だち以上恋人未満にもならないただの友人だったけど、懐かしい友人だった人ではなく、今でもとても大切な友人の一人だ
ふだんぜんぜん連絡取り合わないけど、まぁどっかで元気にやってるでしょ~
やつがどっかで元気でやってるんだからわたしのこともどっかで元気でやってるって思ってるよ~
て言える数少ない友人の一人だ