お馬さん 5 最終話
「大丈夫か?」
「中西さん・・・!」
抱きついて泣きだしました
なんて特典はありません
「トイレだよ おじさんはね悲しい生き物なのよ」
「中西さん、すんません ありがとう」
大部屋だし、いくらなんでも と、他の患者さんの迷惑になっては と
そう思って大声を出さなかったわたしですが
中西さんによって助かりました
息巻いて詰め所へ戻ると根木っちがちょうどやってきたところでした
「根木ちゃん遅い!!!」
は? という顔しています
いきさつを根木っちとチワワに話すと
「あぶなかったねー」
「整形の患者さんて元気だっていうけどほんとなんですねぇ」
などとのんきに言ってます
「元気だねー、あぶなかったねー じゃないです!!乙女になにかあったらどう責任とってくれるんですか!」
「そんな簡単になんかならないでしょ」
根木 ばらすぞ
ちゅーか 根木 死なす
そんなとんでもない深夜勤も夜が明けて日勤帯に申し送りして開放です
もういらいらでへろへろでふらふらのぺこぺこです
帰ろうとしているとお馬さんがやってきました
「これから検査や これでOKなら退院決定 そしたらカラオケ行こな」
「よっしゃ!健闘を祈るわ 中西さん 夕べありがとね」
「ん?なんのこと?」
中西さんは太田さんのこともわたしのことも大事にしないように気をつかってくださったのです
「じゃ 検査行ってまいります!」
「行ってらっしゃい!わたくしは帰って寝ます!」
「おぅ おつかれさん」
階段を2段降りたくらいでお馬さんが振り返って言いました
「くたばれ じじい か ははは」
その後も
太田さんはなんだかんだあり、結局強制退院になりました
しゃあないですわね
お馬さんはその後無事退院の運びとなり、カラオケ大会(?)も無事終了の運びとなりました
お馬さんはそれからも何度も入退院を繰り返し、わたしの異動があっても相変わらずそのたびにカラオケ行ったりしてました
わたしがその病院を辞めるときは送別会までしてくれました
それからも年賀状だけはやり取りしてました
数年後の年末、中西さんは中西さんでも下の名前が違う中西さんから喪中のはがきが届きました
お馬さんがなんの仕事してたんかは知りません 忘れました
入退院を繰り返して、そのたびに少しずつ弱っていくお馬さんを
わたしはただ気付かない振りして見てることしかできませんでした
一緒になって看護婦仲間とカラオケ行ったり、おうちでごちそうしてくれるあたたかい中西家に甘えて
お馬さんの懐の広さ、深さに甘えてわたしは
ただ甘えていただけのわたしでした
あれからもう十数年たったけど
「くたばれ じじい か ははは」
と笑った植木等似のお馬さんの顔が今でも忘れられません