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少年とボール

土曜日ですかな、世間は

さきほどから、お寺の塀に子ども達がボンボンボール当てまくって遊んでて
それってうちからすると壁みたいなものでして

まぁ古い借家なので、かなりの音がする
そのお寺の塀もボロボロの木やし割れて飛んできやせんか、と
正直かなわんなぁ!と思ってたら玄関ピンポン
小さい影が立っている

友達がここの庭にボール落としてまったもんで、と

見に行くと青と黄色のサッカーボールが

鉢植えの木々はたぶん無事やし、
気を付けるんやよ~、とボールを返したら、

ありがとう!!すいませんでした!
と元気に二人走り去っていった

子どもが元気でうれしい
ちゃんとボール取りに来てくれてうれしい


くさくさしとったけど、
さて
なんか食べに行こうかな






  

Posted by 女神ちゃん at ◆2020年11月28日17:17スキマ

坂道

自転車を押して信号待ちしていると、
向こうから4、5才の小さな男の子が走って来ました

丸刈り裸足にズック

わたしを追い越し後ろに並んで信号待ち
信号が青になったので気になって振り向いたら、その子はわたしとは逆の方へぱたぱたと走っていきました
その先にはお土産屋さんがあり、前掛けをつけた母親と思われる若い女性が立って微笑んでいました
でもその女性は男の子に「こんにちは」と声を掛けたので、
あぁお母さんじゃないんやな、
と思いわたしは自転車を押して坂道を上がり始めました

すると後ろからぱたぱたと足音が聞こえてきて追い抜きざまに

「こんばんは」

と男の子に声をかけられました

まだ昼下がり
なにか不思議なうきうきした気持ちになり、わたしも

「こんばんは」

と返事をしました

男の子はそのまま小さな手を握りしめぱたぱたと坂道を駆け上がります
坂が急なのでわたしは身体を斜めにして自転車を押して上がります
男の子は走っているのに、わたしと歩幅を合わせるようにわたしのほんの二三歩を走ります
彼について長い坂道を上がります

細い坂道の両脇の広葉樹は赤から茶色に代わりかけ、
はらはらとその葉を落とす木もあれば、小さな子どもの手の平のように葉を広げ、
今黄色から赤へ移り変わる木もあります
小春日よりの柔らかい空気が山の上から降りてきます

坂のその上に森があり、その上は絵の具で塗り広げたような青空です
背中からは陽がさし、自転車を押すわたしの影と前を走る男の子の小さい影が長く延びています

その影と、石垣に絡まり生える真っ赤な蔦に目を奪われていると、
その先の曲がり角を越えたとき、男の子の姿はぱたりと消えてなくなっていました
坂道のてっぺんでわたしはようやく自転車のサドルに腰掛け、

あの男の子は誰やったんやろう、

と思いながらゆっくり坂を下りました






  

Posted by 女神ちゃん at ◆2020年11月18日19:20スキマ



ずいぶん久しぶりに書きます
長い記事になってしまったらごめんなさいよ

先月職場を退職しまして、
次の仕事も決まっておらず、ただただ時間だけが前に置かれている日々を過ごしています
忙しくても暇でも気になること、考える時間はなぜか同じようにあるような気がしています


もう20年近く前の話ですが、仕事で有道杓子と小屋名しょうけを作る人に出会いました
実家にも昔からあり、暮らしの中で日々使われる道具、

有道杓子



これは上記にある仕事の関係でいただいた有道杓子
どちらかがいただきものでどちらかが二十四日市で買ったもの



小屋名しょうけ



これはどちらも上記の仕事で出会ったおじいさんにいただいたもの


(これらの伝統工芸品は飛騨一ノ宮町の宮笠などと共に、今日も暮らしの中で使われてはいますが、作り手の高齢化、継承者の不在などが問題になっています)



ざるやお玉は百均にでも行けば手に入りますが、そうではない
どちらの道具も手になじみ、ひじょうに使い勝手がいい
使っていくうちに愛着がわき、道具が添うのか人が添うのか

百均の道具はこうはいかない


飛騨は雪国
その昔
春から夏、秋は馬や牛と共に畑をやったり林業で生計を成し、雪深い冬場は笠や杓子、しょうけを編んで市に出しそれで家族が年を越す

道具は暮らしの手道具であり、暮らしを成す道具でもあった


そんな道具をひとつひとつ手で作るおじいさん達からいただいたもの、手にするたびおじいさんの生きざまを垣間見、その人生に思いを馳せる





この道具を知りたい、もっと知りたい




そこへ最近、有道杓子と小屋名しょうけの講習会があることを知りさっそく電話

わたしは初めての参加だったが、もう何年も通ってる方もいらっしゃると知る


各々がそれぞれの思いで参加しているのであろうが、
わたしにおいてはこの道具を失くしてはならない、という気負いも気構えもないわけではないが、ただ知りたい一心
道具を手作りし大切に使ってきた先人たちの暮らしに思いを馳せるのだ!

こう書くとなんだかいやにロマンチストぽいが、そういうふしはある

講習会の先生たちは、
はや何十年もやっとるけど思うようなやつはできん、
などと言われる
その先生の道具もまた美しいものである


有道杓子の先生の道具

この先続けていくであろう生徒達に、まず道具を揃えよ、とおっしゃった




ホームセンターに行けばあるよ、
とのこと

ホームセンターね、オッケー




しかし買うとなると性格上しつこく悩んでしまうだろうし、元来わたしは古いもの好き
古いものを手にした時、どんな人がどのように使っていただろうとか思いを馳せてしまうし、大切に使われてきた形跡をみるとわくわくするし懐かしいような暖かい気持ちになる
すぐさま実家へ行き父に相談
父は喜んで鉈や鋸の道具を見せてくれた

父が仕事で使う道具は借りれないので、死んだじいちゃんが使っていたであろう鉈を一本借りた
刃は錆び錆びで持ち手はビニールテープ巻きまくり、
鞘はかろうじて桜の木の皮の模様が見て取れるが同じくビニールテープや紐巻きまくりで、じいちゃんが好んで使っておったんやな、という印象を受けた
(ここでビフォー写真があるとブログ的にとても映えるのだが、そこまで頭がまわらなかった
なのでどんだけ錆びていたか他の鉈や斧の写真上げときます)




その晩、その鉈でもらってきた朴ノ木を切ってみた
錆びがひどいが切れないことはない





これはまず研ぐところからやな


しかし
研ぎ方が危うい

研ぎを教わりたい

そこである人が思い浮かんだ

なぜこの錆び錆びの鉈がここにあるのか、という話をひとしきり聴いてくれ、
なおかつ研ぎを教わりたいと言ってはみたが、その人はそれについては何も言わず一旦鞘と鉈を持って帰った




そして数日
帰ってきた鉈が冒頭の写真なのだ



これは鉈、鞘のそれぞれ反対側




何度も言うけどビフォー写真がないのがなんとも説得力に欠けるのだが、全く別物に生まれ変わったのである


若いころから、晩年までずっと休むことなく林業を生業としたじいちゃんの手に渡った時、刃はこのようにキラキラしていたのかもしれないし、鞘もきれいに桜の皮で巻かれていたのかもしれない
正直、今使っていないからという理由で錆び錆びの鉈と鞘を父から手渡された時、ここまで甦ることになろうとは思いもせんかった

ただもう少し切れるようになれば、
との思いだけでその人に預けたのに、鉈と鞘は生まれ変わったというより、息を吹き返したのである

静かで怒ったところを見せたことのないじいちゃん
じいちゃんは物を大事にする人やった
自分の道具は自分で使いやすく手直しし、何度も修理し使っていた
持ちやすいよう握りやすいよう、柄のところに幾重にも巻いたビニールテープ
大事に使って納めていた鞘、またその鞘も大切にし傷めないようにと幾重にも巻いたビニールテープ
腰にしっかりと縛りつける為に撒かれたロープ


そのテープを丁寧にはがし、余分な手をかけずただ元の形に復元したその友人もまた物、道具をほんとに大事にし、大切に思う人やった
ロープが外れないようさらにビニールテープを幾重にも巻いてあったようで、そのテープの糊や汚れを落とした時、鞘に銅が使われた物であり、その銅の部分に巻きつけてあったロープの痕が模様のように残っており、それが長い長い年月を物語っていて、きれいにしていくうちに楽しくて楽しくて仕方なかった、と語ってくれた



そんなすべての思いがこの一本の鉈に向かっていることにふるえ、
その重みを手にし泣いた



じいちゃんはもういないがじいちゃんの鉈はここにある


昔と違って生活様式もかわり、宮笠や有道杓子小屋名しょうけも伝統工芸品と呼ばれ、年を越すための暮らしを成す道具ではないのかもしれない
しかしひとつひとつそれぞれに作り手があり暮らしがあり、と共にまた使い手にも暮らしがある


先人の生きる知恵、生きざま、そして現代へと受け継がれ使われる道具

これからもこの先も道具を大切にして生きていきたい



  

Posted by 女神ちゃん at ◆2020年11月06日16:04スキマ