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氷の夜道と猫の背中

スキー場から帰る道
つるんつるんで
ブレーキもアクセルも踏んでないのに
あれあれと
あらぬ方向へすべるすべる
怖かった
一瞬ひやっとしたとき
先日死んだじいちゃんの顔が浮かんだ

「気をつけて帰るんやぞ」

元気なときからわたしが実家へ顔を出すと
いつもこういって送り出してくれた

じいちゃんに会いたいなぁ

じいちゃんおらんようなって
ばあちゃんの胸中はどんなやろ

ばあちゃんの顔を見に実家へ寄った
ばあちゃんはじいちゃんのいない居間のこたつにひとり
ぽつんと座っていた
耳の遠いばあちゃんはわたしが家に上がってもいつも気がつかず
居間の戸を開けるまで気がつかない

戸を開けたときのばあちゃんはどこか遠いところを見るような顔で
テレビもつけず
ひとりこたつにあたっていた

わたしの顔を見た瞬間に
笑顔になって

「おーきてくれたか」

とニコニコして言った

「どんなや?」

「うんうん、ありがとう。ばあちゃんは大丈夫やよ」

そうはいうけど
ばあちゃんはそれから延々とじいちゃんとの日々
父や叔母叔父の小さかったころ、子育ての頃の話
今まで代々育ててきた猫や犬、
畑の話など
たくさんたくさんしてくれた
不意に寝床へ行き何を持ってくるかと思えば
じいちゃんと遺影を撮りに行ったときの写真を持ってきて

「どれでもお前たちのいいと思うやつを選んでくれ」

と言う

「すぐにわかるところに置いておくでな」

と言う


ときどきわたしの娘(ばあちゃんの曾孫)の心配をして

「待っとるろうではよう帰ってやってくれ」


そうは言うけど
また再びじいちゃんの話をする
夕飯食べるのも忘れて
時に涙を浮かべて
じいちゃんの話をする

「こんなにはよう逝ってまうなんてなぁ・・・」

じいちゃんは寝付いてから二週間ほどで老衰で死んだ
あれだけ動き回って大変だったじいちゃんは
徐々にご飯を食べなくなって
お茶も水も飲まなくなって
ほんとに枯れるように逝った

あんなにきれいな死に方をわたしは見たことがない
病院に勤めていた頃は病棟で患者さんが亡くなるたびに
挿管チューブや気管切開のチューブ、
点滴の管や尿の管を遺体から抜き取る、なんていうのか罪悪感みたいなものというか
なんともいえない気持ちにいつもなっていた
じいちゃんにはその管やらがついてないというだけでなく
なんていうのかすごくすっきりした感じで
ほんとに植物が枯れていくような
独特の臭いもなく
地面から出た草木が
老木になって枯れていく
そんな静けさというか匂いというか

じいちゃんは死んでいく様まで
ほんとに穏やかで静かな人だった
庭園の手入れのされた庭木のようでもなく
派手に手を伸ばす大木のようでは決してなく
雑木林に人知れずひっそりとたたずむ名も知らない老木




「あんなに美しい死に方ができたらなぁ」


じいちゃんとばあちゃんに大事に育てられた、最後の猫「シロ」のごつごつの背中を撫でながら
ばあちゃんが言った

去年の夏
じいちゃんが皺だらけの手で愛しそうに繰り返し撫でていた同じ猫の背中を
ばあちゃんがまた同じ皺だらけの手で繰り返し繰り返し撫でていた


ばあちゃんといっしょにご飯食べたかったけど
いつまでもばあちゃんと一緒にいたかったけど
夕餉の支度して
ばあちゃんが台所の椅子に座ったところで
わたしはなんともいえない気持ちのまま
また逃げ帰るように
家に帰ってきた

つるつるで真っ暗な夜道を
ひとりでゆっくりゆっくり帰ってきた



  

Posted by 女神ちゃん at ◆2014年02月17日00:57スキマ