アンカリング 2

電車を一本見送った僕たちは すこしほっとして ベンチに座り駅前の商店街の看板を眺めた


ちょうちょが一匹やってきて僕のズボンにとまった

君が捕まえようと手を伸ばす

あとちょっとの ほんのちょっとのところでちょうちょはひらひらと飛んでった



さっきも通った首から大きいカメラをぶら下げた男とロングスカートの女が また目の前を歩いている


君が乗るはずだった電車から降りてきたのか、自転車の団体が行く先を案内所で尋ねている



「すこし楽になった  さっき背中さすってくれたおかげで」


君は微笑んだ

弱ってる君になぐさめられて 僕は申し訳ないのと 君が少し元気に笑ってくれたのとで 目のやり場に困り 空を探した

アーケードの切れたところから 青い空が白い雲を大事そうに抱えているのが見えた





「そろそろ行こうかな」


君は大きな鞄を重そうに肩にかけた

僕は代わりに持ってあげることさえ出来ないで 改札に向かう君の後を歩いた


君が切符を買うその横で僕は君が乗る電車のホームを探した

反対側のホームでは野球帽をかぶった男の子が父親と笑いあって何か話している

ワンピースの女の子は母親から飴玉か何かをもらい、口にほうりこんでいた





「ありがとう」


君が改札をくぐる

厚い鉄の板が僕たちを分けた


君は重そうな鞄を下げたまま 鉄の板の向こうに立つ



その鉄の板にバッタが止まった

今度は僕が捕まえようとすると 触った瞬間にバッタはパチンと高く飛んでった


「行っちゃった」


僕は情けなく笑った


  

電車の入ってくる音が遠くから聞こえてきた

駅員がマイクを握る




「ありがとう 楽しかった」


そう言って君は重そうな鞄をもう一度肩にかけなおし

ホームに入ってきた電車に消えて行った



君は僕の目の前の車両の 僕から見えるまん前まで来ると、やっとその大きな鞄を肩から降ろした


電車がゆっくりと動き出した

手を上げる君の姿を 生ぬるい鉄の改札にもたれ 僕は見送った



電車が見えなくなってしまうまでそこに留まる自信がない僕は

別れを惜しむ見送りの人々が残るホームを後に ひとり駐車場へ歩いた



アスファルトの照り返しでくらっときそうだったけど 僕は車に乗り込みエンジンをかけた



さっき君を乗せてきた道じゃない道を車は走る



ゆるいのぼり坂のカーブを曲がったら 甘い匂いが車の中を通り抜けた


「あ、 葛・・・」


僕はハンドルを握る左手の手首を そっと右の手で握ってみた



葛の花の甘い匂いがどこからか運ばれて 助手席を通り抜けていった












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Posted by 女神ちゃん at ◆2010年09月06日12:35スキマ
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