スキマ

出窓の鳴き鳥は歌うけど
誰一人その声に振り向かず
玄関のゼラニウムは風に触れ
その甘い香りを紺色のカーテンの裾に押し付けては
郵便配達員の夕べの失敗を嘲笑う
公園のブランコは誰にも揺らされず
公衆トイレはいつも水が流れっぱなしで
砂場の砂は乾ききった風に飛び
砂時計の砂は落ちきった
潰れたビールの空き缶は
会社員の男の溜息を潰し
かわりに砂を飲み込んだ
砂場に放り出された黄色い柄のシャベルは
小さな男の子の手を探している
その子は誰の子か
遠い遠い海のある知らない町の漁師は
海に出たっきりで
身重の妻は窓辺に座り網を繕う
あの子は誰の子か
港町の婦人たちは囁くけれど
彼女らの亭主もまた海に出たっきり
緋色に褪せたボールが雨水を溜めるドラム缶に寄り添う
ひとりでに転がってきたわけではないけれど
ボールは昔の少年の手を思い出す
あの子は誰の子か
海の向こう
女は出たっきりの亭主を思い
鍋に今日もお湯を沸かす
じゃが芋を洗う
その子は誰の子か
風が窓の外で囁くけれど
女はじゃが芋を洗う
西日が射し込み女の手が緋色に照らされると
女はテーブルにスプーンを並べ
お祈りの言葉を呟き豆のスープをすくって飲む
風が窓の外で囁く
その子は誰の子か
その子は誰の子か