夜市

夕飯の乾燥豆腐のサラダでお腹をいっぱいに満たし
自転車でふらふら
宮川沿いをながし
陣屋前の夜市にいった

娘が町内のお祭りでとってきた金魚が
睡蓮鉢で一匹だけ
かわいそうなので夜市に金魚すくいないかなぁ
と思って出かけたのだ

夜市は朝市の夜版だった
金魚すくいはなかった

野菜はうちにもあるしなぁ

と思ってぷらぷらしていたら
しゃくしを彫っているおじいさんが二人
うつむいて
背を硬くまるめ
組んだ素足の間に木を挟み
曲がり鉋で器用に彫り下げる
くるんくるんと
丸まった木屑は
おじいさんの足元にころころと転がり
朴ノ木のかすかなにおいが
昔なつかしい引き出しを開けた


ばあちゃんが大きい釜で豆腐を手作りしていたときに
ばあちゃんが祭りや祝い事があるたびに大きい釜で赤飯を蒸していたときに

有道しゃくしや一宮しゃもじが使われていたっけ

茹で上がったばかりの大豆や炊き立ての赤飯に
しゃもじをいれると
かすかにふわっと薫る朴ノ木のにおい

大豆や赤飯そのもののにおいより
しゃもじのにおいをよく覚えているのはなんでだろう


そんなことを想いだしながら
杓子を彫るおじいさんを見ていたら
患者さんのFさんだった

思わず声を掛けてしまった
はじめはわからないようすだった
「〇〇医院の看護婦やよ」
というと
「あぁ!」

とたんに笑顔になった
農作業で日焼けして
腕も足も真っ黒で
太く節のごつごつした指は
曲がり鉋をしっかり握っていた

口数の少ないFさんなので
病院でも世間話などしたことはなかった

「こんなことやってはるんですか、知らんかったー。これFさんが彫ったの?」

「今日は昼間は飛騨の里で実演やって、今ここや」

ちょっとくたびれた
という表情をしてみせ照れくさそうに頭をかいた

Fさんの真っ黒に焼けた笑顔は
病院ではみたことのない頼もしい笑顔で
足元に並べられた、短い太い指に握られた曲がり鉋で掘り出された杓子は
鉋のあとが残るほんとに素朴で無駄のない美しい杓子だった

「Fさん、これ一本ちょうだい」
というと
Fさん驚いたようにお金を受け取った

「Fさん、わたし来週で病院辞めるんですよ」

「え?なんでや」

小さな目を見開いてFさんはお釣りを渡してくれた





「がんばって、体に気をつけてやってください」

とわたしが言うはずの言葉を
先にFさんに言われ
なんだか切ないような申しわけないような
なんともいえない気持ちになってそこを去った


たくさんの観光客や地元の親子連れのにぎわいは
昼間の蒸し暑かった空気を名残惜しそうに
夜市の空を埋めた



再び自転車にまたがり
宮川沿いをゆっくり走る

自転車のかごには
金魚はいないけど
Fさんの彫った有道しゃくし


なめこの味噌汁すくったり
だんご汁をすくったり
チャーハンを炒めたり
湯豆腐すくったりしよう





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Posted by 女神ちゃん at ◆2012年08月11日21:44スキマ
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