ばあちゃんの漬け物
ばあちゃんの漬け物はおいしい
ここだけの話、母の漬ける漬け物よりも各段においしい
ばあちゃんは毎年この時期になるとせっせと漬け物を漬ける
自分の畑で育てた赤かぶや白菜で漬け物を漬ける
毎年その保存食を食べて飛騨の長い冬を乗り切ってきた
当たり前にその恵みを頂いて春を待った
今年のはじめ、じいちゃんが亡くなった
96才の認知症のじいちゃんをばあちゃんは数年気長に介護してきた
じいちゃんが亡くなってからばあちゃんはいっそう背中が丸くなった
年老いて歯が一本になった白猫の面倒を見ながら、
どっちが先に死ぬかなぁ、と
コタツにあたりながら日記を付けたりしている
週末実家に帰ったわたしは蔵の中でごそごそやってるばあちゃんを見つけた
腰が曲がったばあちゃんはいよいよ漬け物桶が取れないらしい
漬け物石が運べないらしい
壁に掛かったしょうけが取れないらしい
ばあちゃんの言われるままに漬け物石を運んで清水で洗い流し桶の蓋の上に石を乗せた
今度下ろすときもしかして一人で下ろさなければならないことを考えて、
なるべく小さいやつを選んで乗せてくれ、とばあちゃんは言った
塩漬けしてから10日前後、水があがってきたら一旦かぶを桶から出す
ちょうどそのころじいちゃんの一周忌法要があるからそのとき手伝うさな、
とわたしが言うと、ほっとした顔で助かる、と言った
今年はもう漬けれんかと思った、と
ばあちゃんの漬け物が食べたい
何年先までも
昼ご飯時になったが、父も弟家族も出かけてて留守だったので、
ばあちゃんを連れて駅前の定食屋へ行くことにした
父から中華そばがおいしい、と何度も聞かされてるらしいが、
いっこうに連れて行ってはもらえん、
とばあちゃんは言った
髪をといてよそ行きに着替えたばあちゃんを助手席に乗せて定食屋へ向かった
父や弟たちと何度か訪れたことのある駅前の定食屋は、近所のおじさんたちの憩いの店だ
ばあちゃんは前から食べたかった中華そばを、わたしは親子丼を頼んだ
ばあちゃんが
「ここへくるのはあれ以来や」
と言った
「あれって、あのときか?じいちゃんと三人で来たとき?」
ばあちゃんは笑って頷いた
確かまだ保育園に通ってた頃、
風邪をひいたわたしは何か学校の行事か身内の冠婚葬祭などに参加した父母、弟と別に、
じいちゃんばあちゃんと留守番をさせられ、
不憫に思ったばあちゃんたちがわたしをこの定食屋へ連れてきてくれた、ということがあった
そこでわたしは大好きなエビフライを頼んだのだが、
薄暗い店の中、出てきたエビフライは人差し指位の大きさで、
それが三本、キャベツの千切りの横にコロンと添えられ、
うさぎのリンゴがやけに大きく見える、なんとも不釣り合いなエビフライ定食だった
風邪で調子の悪いわたしは当然食欲もなく、そのチビくさいエビフライにテンションもさらに下がり、
しかしせっかく連れてきてくれたばあちゃんたちに保育園児ながらも申し訳なく思い、無理に口に運んだ
けれど最後まで全部食べることもできず、ほとんどをじいちゃんとばあちゃんに食べてもらい、食べ物を残すことにものすごい罪悪感を感じ店を後にした
そんな記憶がばあちゃんとわたしの中で一瞬にして蘇って結びついた
ふたりでその時のエビフライのチビくささを思い出して笑い、
あの時車も運転しなかった祖父母がどうやってこの駅前まで来たのかを不思議に思った
ちょうどばあちゃんも同じことを考えていたようで、
あん時まさか高熱のあるわたしを連れて歩いてきたなんてことはないだろうなぁ、
タクシーかなぁ、などと二人で話しながら中華そばと親子丼を待った
「お待たせ~」
湯気の立つ中華そばを前にばあちゃんは持っていた箸を割って拝んだ
「いっつもありがと」
店のおばちゃんはわたしにそういうと、珍しそうにばあちゃんを見た
あの風邪でしんどかった日、
今はもういないじいちゃんと目の前の背中の丸くなったばあちゃんと三人できたあの日、
あれからもう40年近くがたっていた
そんな遠い日のことを鮮明に覚えているわたしもすごいが、
91になるばあちゃんがそれを覚えていたのもすごい
「おいしいな」
そう言ったきりあとは無言で中華そばと親子丼を平らげると、
ゆっくり歩いて駐車場へ向かいまた車に乗って家へ帰った
家の庭先では葉をすべて落とした二度咲きの桜が、
薄い桜色の小さな花を枝先にぽつぽつと咲かせていた
もうじき高山は雪が降る
毎年毎年繰り返される春夏秋冬
今年もばあちゃんの漬け物を食べて過ごす冬がやってくる
ここだけの話、母の漬ける漬け物よりも各段においしい
ばあちゃんは毎年この時期になるとせっせと漬け物を漬ける
自分の畑で育てた赤かぶや白菜で漬け物を漬ける
毎年その保存食を食べて飛騨の長い冬を乗り切ってきた
当たり前にその恵みを頂いて春を待った
今年のはじめ、じいちゃんが亡くなった
96才の認知症のじいちゃんをばあちゃんは数年気長に介護してきた
じいちゃんが亡くなってからばあちゃんはいっそう背中が丸くなった
年老いて歯が一本になった白猫の面倒を見ながら、
どっちが先に死ぬかなぁ、と
コタツにあたりながら日記を付けたりしている
週末実家に帰ったわたしは蔵の中でごそごそやってるばあちゃんを見つけた
腰が曲がったばあちゃんはいよいよ漬け物桶が取れないらしい
漬け物石が運べないらしい
壁に掛かったしょうけが取れないらしい
ばあちゃんの言われるままに漬け物石を運んで清水で洗い流し桶の蓋の上に石を乗せた
今度下ろすときもしかして一人で下ろさなければならないことを考えて、
なるべく小さいやつを選んで乗せてくれ、とばあちゃんは言った
塩漬けしてから10日前後、水があがってきたら一旦かぶを桶から出す
ちょうどそのころじいちゃんの一周忌法要があるからそのとき手伝うさな、
とわたしが言うと、ほっとした顔で助かる、と言った
今年はもう漬けれんかと思った、と
ばあちゃんの漬け物が食べたい
何年先までも
昼ご飯時になったが、父も弟家族も出かけてて留守だったので、
ばあちゃんを連れて駅前の定食屋へ行くことにした
父から中華そばがおいしい、と何度も聞かされてるらしいが、
いっこうに連れて行ってはもらえん、
とばあちゃんは言った
髪をといてよそ行きに着替えたばあちゃんを助手席に乗せて定食屋へ向かった
父や弟たちと何度か訪れたことのある駅前の定食屋は、近所のおじさんたちの憩いの店だ
ばあちゃんは前から食べたかった中華そばを、わたしは親子丼を頼んだ
ばあちゃんが
「ここへくるのはあれ以来や」
と言った
「あれって、あのときか?じいちゃんと三人で来たとき?」
ばあちゃんは笑って頷いた
確かまだ保育園に通ってた頃、
風邪をひいたわたしは何か学校の行事か身内の冠婚葬祭などに参加した父母、弟と別に、
じいちゃんばあちゃんと留守番をさせられ、
不憫に思ったばあちゃんたちがわたしをこの定食屋へ連れてきてくれた、ということがあった
そこでわたしは大好きなエビフライを頼んだのだが、
薄暗い店の中、出てきたエビフライは人差し指位の大きさで、
それが三本、キャベツの千切りの横にコロンと添えられ、
うさぎのリンゴがやけに大きく見える、なんとも不釣り合いなエビフライ定食だった
風邪で調子の悪いわたしは当然食欲もなく、そのチビくさいエビフライにテンションもさらに下がり、
しかしせっかく連れてきてくれたばあちゃんたちに保育園児ながらも申し訳なく思い、無理に口に運んだ
けれど最後まで全部食べることもできず、ほとんどをじいちゃんとばあちゃんに食べてもらい、食べ物を残すことにものすごい罪悪感を感じ店を後にした
そんな記憶がばあちゃんとわたしの中で一瞬にして蘇って結びついた
ふたりでその時のエビフライのチビくささを思い出して笑い、
あの時車も運転しなかった祖父母がどうやってこの駅前まで来たのかを不思議に思った
ちょうどばあちゃんも同じことを考えていたようで、
あん時まさか高熱のあるわたしを連れて歩いてきたなんてことはないだろうなぁ、
タクシーかなぁ、などと二人で話しながら中華そばと親子丼を待った
「お待たせ~」
湯気の立つ中華そばを前にばあちゃんは持っていた箸を割って拝んだ
「いっつもありがと」
店のおばちゃんはわたしにそういうと、珍しそうにばあちゃんを見た
あの風邪でしんどかった日、
今はもういないじいちゃんと目の前の背中の丸くなったばあちゃんと三人できたあの日、
あれからもう40年近くがたっていた
そんな遠い日のことを鮮明に覚えているわたしもすごいが、
91になるばあちゃんがそれを覚えていたのもすごい
「おいしいな」
そう言ったきりあとは無言で中華そばと親子丼を平らげると、
ゆっくり歩いて駐車場へ向かいまた車に乗って家へ帰った
家の庭先では葉をすべて落とした二度咲きの桜が、
薄い桜色の小さな花を枝先にぽつぽつと咲かせていた
もうじき高山は雪が降る
毎年毎年繰り返される春夏秋冬
今年もばあちゃんの漬け物を食べて過ごす冬がやってくる
Posted by 女神ちゃん at
◆2014年11月30日17:06
│スキマ
この記事へのコメント
ええ話やな。文がまたええ。
これは飛騨文芸祭に投稿したら入賞するやろな。
5000円はゲットや。
これは飛騨文芸祭に投稿したら入賞するやろな。
5000円はゲットや。
Posted by ねた at 2014年12月01日 14:16
ねたサマ
ありがとうございます
明日はじいちゃんの一周忌
漬物の水が上がってるか見に行ってきます
ありがとうございます
明日はじいちゃんの一周忌
漬物の水が上がってるか見に行ってきます
Posted by 女神ちゃん at 2014年12月07日 02:07