わたしのばあちゃん
ばあちゃんのかわいがっていた最後の猫が死んだ
じいちゃんの一周忌の一週間後、
居間のコタツの中で息を引き取っていたという
亡くなる前、一本しか残っていない歯で缶詰めの餌を食べて
最後の四日間は何も口にせず、コタツの中で丸くなっていたという
今日スキー場のバイトの帰りに実家のばあちゃんを訪ねた
耳の遠くなったばあちゃんはわたしと娘が入ってきたのも気付かず、
石油ストーブの前にじっと座っていた
突然目の前に現れた孫と曾孫に驚いたばあちゃんはそれでも
「おぉ、おぉよう来たな」
と言って笑顔で迎えてくれた
「スキー場の帰りか、そりゃごくろうさまやったな、寒かったろ、あたりね、あたりねぇ」
そう言いながら椅子から折れ曲がった腰を上げ、
薪ストーブに薪をくべてくれた
「おまえが来てくれたでありがたい、ちょうど頼みたいことがあったんや」
ばあちゃんは布団部屋の布団を上げてほしいと言った
並んで布団部屋へ入るとばあちゃんは、わたしの腰の高さのところに積んである布団を一段上に上げてほしいと言った
なんなく積み替えるわたしを後ろから見ながらそれだけの高さの布団を持ち上げれなくなってしまった、
父に頼んでも忙しくてやってもらえんし、それだけのことで近所に住む娘を呼ぶのもどうかと思い、
しかし気になってなんとかならんかと頑張っていたと、わたしに言った
いつかわたしもこうやって娘や孫にものを頼む日が来るんだろうな、と考えながら、
ほんのちょっと布団を下から上へ上げただけの動作で、
「それだけやってもらえりゃ後は大丈夫やで、ありがとうな、助かった」
と喜ぶばあちゃんのようにわたしも素直になれるだろうか、
と思った
曾孫であるわたしの娘に、草餅(よもぎ餅)は食べるか、と聞きばあちゃんは
曾孫を連れて餅を取りに行った
戻ってきた娘はうれしそうにたくさんの草餅の入った袋を下げ、
ばあちゃんに座って、と椅子を出してあげた
薪ストーブにあたりながらばあちゃんは老猫の亡くなったときの話をしてくれた
「どっちか先に行くかっていつもシロと話しとったけど、先に逝ってまいよったわ」
と薪に燃え移る火を見つめながら言った
近所のばあちゃんの友達が心配して菊の花やろうそく線香などを持って見舞いに来てくれたこと、
シロはいつも寝るときばあちゃんの腕まくらがないと寝れなかったことを話すうちに、
ばあちゃんの少し窪んだ目から涙がこぼれた
父の弁当や洗濯、家の中の家事全てを今一人でやっているばあちゃんは、
「どうにかこうにか頭をあげておれるうちはありがたいと思ってやらせてもらっとる」
と言った
仏壇に手を合わせ、じいちゃんの遺影にチーンとしてから手を合わせているとばあちゃんも仏間へやってきて、
よう参ってくれた、
と喜んだ
「ええ顔しとられるなぁ」
とわたしたちは三人でじいちゃんの遺影を見て笑った
毎日朝と晩、じいちゃんおはよう、じいちゃんおやすみ、とおつとめするんや、
とばあちゃんもじいちゃんの遺影に手を合わせた
「お前たちがこうしてときどき顔見せてくれるだけで元気になる、ありがとうな、また来てくれよな」
と蜜入りリンゴ二つと、秋に一緒に漬けた白菜の長漬けを袋に入れて持たせてくれた
「気をつけて帰るんやぞ、凍っとるろでな、気をつけて行くんやぞ」
と玄関先まで出て見送ってくれた
「また顔見せてくれよな」
そう言ったばあちゃんの顔をどうしてもわたしは真っ直ぐから見れず、
「寒いで家入って、な」
と言い玄関を閉めて車に乗り込んだ
先に外に出た娘が、
「わ、すごい月!」
と叫んでいた
青白い空に少し膨らんだ白い月がぽっかりと浮いて、
その周りを薄い雲が漂っていた
広い家にひとりで入ってくばあちゃん
おぞい(飛騨弁でひどいの意)ことばっか言う父のために、
それでも帰ってきたときに寒くないように、と薪ストーブの火の守をするばあちゃん
わたしはばあちゃんのあの後ろ姿をあと何回見られるだろう
あと何回ばあちゃんと漬け物を漬けられるだろう
あと何回ばあちゃんの話を聞けるだろう
心臓をつかまれるような息苦しさの中、
凍った下り道を車のヘッドライトで照らしながらそろそろと、
青白い空の下家路を急いだ
夕飯は夕べ作った豚汁とばあちゃんの漬け物
「肉や魚もはやそう食べとぅないし、漬け物だけあればあとはなんにもいらんもんなぁ」
ひとくち口に運んでまじまじと見つめてしまった
そういうばあちゃんの優しい味のする漬け物
腹いっぱいばあちゃんの漬け物食べてお茶を飲んだ
「ばあちゃんの漬け物は世界で一番おいしんやで!」
小さい頃、
よく聞いたばあちゃんの口癖を思い出した
じいちゃんの一周忌の一週間後、
居間のコタツの中で息を引き取っていたという
亡くなる前、一本しか残っていない歯で缶詰めの餌を食べて
最後の四日間は何も口にせず、コタツの中で丸くなっていたという
今日スキー場のバイトの帰りに実家のばあちゃんを訪ねた
耳の遠くなったばあちゃんはわたしと娘が入ってきたのも気付かず、
石油ストーブの前にじっと座っていた
突然目の前に現れた孫と曾孫に驚いたばあちゃんはそれでも
「おぉ、おぉよう来たな」
と言って笑顔で迎えてくれた
「スキー場の帰りか、そりゃごくろうさまやったな、寒かったろ、あたりね、あたりねぇ」
そう言いながら椅子から折れ曲がった腰を上げ、
薪ストーブに薪をくべてくれた
「おまえが来てくれたでありがたい、ちょうど頼みたいことがあったんや」
ばあちゃんは布団部屋の布団を上げてほしいと言った
並んで布団部屋へ入るとばあちゃんは、わたしの腰の高さのところに積んである布団を一段上に上げてほしいと言った
なんなく積み替えるわたしを後ろから見ながらそれだけの高さの布団を持ち上げれなくなってしまった、
父に頼んでも忙しくてやってもらえんし、それだけのことで近所に住む娘を呼ぶのもどうかと思い、
しかし気になってなんとかならんかと頑張っていたと、わたしに言った
いつかわたしもこうやって娘や孫にものを頼む日が来るんだろうな、と考えながら、
ほんのちょっと布団を下から上へ上げただけの動作で、
「それだけやってもらえりゃ後は大丈夫やで、ありがとうな、助かった」
と喜ぶばあちゃんのようにわたしも素直になれるだろうか、
と思った
曾孫であるわたしの娘に、草餅(よもぎ餅)は食べるか、と聞きばあちゃんは
曾孫を連れて餅を取りに行った
戻ってきた娘はうれしそうにたくさんの草餅の入った袋を下げ、
ばあちゃんに座って、と椅子を出してあげた
薪ストーブにあたりながらばあちゃんは老猫の亡くなったときの話をしてくれた
「どっちか先に行くかっていつもシロと話しとったけど、先に逝ってまいよったわ」
と薪に燃え移る火を見つめながら言った
近所のばあちゃんの友達が心配して菊の花やろうそく線香などを持って見舞いに来てくれたこと、
シロはいつも寝るときばあちゃんの腕まくらがないと寝れなかったことを話すうちに、
ばあちゃんの少し窪んだ目から涙がこぼれた
父の弁当や洗濯、家の中の家事全てを今一人でやっているばあちゃんは、
「どうにかこうにか頭をあげておれるうちはありがたいと思ってやらせてもらっとる」
と言った
仏壇に手を合わせ、じいちゃんの遺影にチーンとしてから手を合わせているとばあちゃんも仏間へやってきて、
よう参ってくれた、
と喜んだ
「ええ顔しとられるなぁ」
とわたしたちは三人でじいちゃんの遺影を見て笑った
毎日朝と晩、じいちゃんおはよう、じいちゃんおやすみ、とおつとめするんや、
とばあちゃんもじいちゃんの遺影に手を合わせた
「お前たちがこうしてときどき顔見せてくれるだけで元気になる、ありがとうな、また来てくれよな」
と蜜入りリンゴ二つと、秋に一緒に漬けた白菜の長漬けを袋に入れて持たせてくれた
「気をつけて帰るんやぞ、凍っとるろでな、気をつけて行くんやぞ」
と玄関先まで出て見送ってくれた
「また顔見せてくれよな」
そう言ったばあちゃんの顔をどうしてもわたしは真っ直ぐから見れず、
「寒いで家入って、な」
と言い玄関を閉めて車に乗り込んだ
先に外に出た娘が、
「わ、すごい月!」
と叫んでいた
青白い空に少し膨らんだ白い月がぽっかりと浮いて、
その周りを薄い雲が漂っていた
広い家にひとりで入ってくばあちゃん
おぞい(飛騨弁でひどいの意)ことばっか言う父のために、
それでも帰ってきたときに寒くないように、と薪ストーブの火の守をするばあちゃん
わたしはばあちゃんのあの後ろ姿をあと何回見られるだろう
あと何回ばあちゃんと漬け物を漬けられるだろう
あと何回ばあちゃんの話を聞けるだろう
心臓をつかまれるような息苦しさの中、
凍った下り道を車のヘッドライトで照らしながらそろそろと、
青白い空の下家路を急いだ
夕飯は夕べ作った豚汁とばあちゃんの漬け物
「肉や魚もはやそう食べとぅないし、漬け物だけあればあとはなんにもいらんもんなぁ」
ひとくち口に運んでまじまじと見つめてしまった
そういうばあちゃんの優しい味のする漬け物
腹いっぱいばあちゃんの漬け物食べてお茶を飲んだ
「ばあちゃんの漬け物は世界で一番おいしんやで!」
小さい頃、
よく聞いたばあちゃんの口癖を思い出した
Posted by 女神ちゃん at
◆2015年01月03日21:41
│スキマ