普通のお仕事 2
ゆっくりと、ご家族が病室に足を踏み入れる。
顔には白い布巾をかけてある。
そっとお辞儀をし、病室をあとにした。
チラッと見ると娘さんが顔の布巾をめくっているのが見えた。
山本さんは大工さんだった。この温和な性格で若い人にもずいぶん慕われてきただろう。
鉋や金槌を持った逞しかったであろう腕は痩せて細くなり、今は手首にガーターベルトである。
「絆創膏、なんて言おうかな。ていうかすぐ止血するからあとでそうっとはがそう」
なんて思いながら片付けをし、主治医の死亡診断書を待っていると電話がなる。
「救急受付です。ベッド空いてませんかねぇ」
今、たった今亡くなったけど、けどまだ病室はうまっている。満床だ。
「もうどこもいっぱいなんですよ~。今一床空きましたよね?」
なんて無情なやつらなんだ。ハイエナか。
主治医が憐れみを浮かべた表情でこちらを見ている。
「わかりました。もうしばらく待ってください。折り返し連絡します。」
はっきり言って一段落ついたので、ちょっと座ってお茶でも飲みたい。
世は無情だ。
主治医からご家族に朝お迎えが来るまでの間、霊安室へ移っていただくことを説明してもらい、山本さんをストレッチャーへ移動する。
ご家族はいろいろとやることがあるので、明日朝また来ます、と言って帰ってしまわれた。
さて、6階の霊安室へ。
当然主治医が一緒にストレッチャーを押してくれるだろう。
甘かった。
今夜の当直医はハズレ医だったのである。
「ごめん。(救急)応援呼ばれたから、ひとりで行けるよね?」
いつの世も無情である。
エレベーターの6Fを押す。
「山本さん」
チラッと四角布をめくると3枚の絆創膏。
「山本さん、怒ってないよね?」
3枚の絆創膏は3枚のお札に見えた。
明日朝めくろう、と思い直し四角布をそっとかぶせる。
「チン」
6階へのドアが開く。
この病院は6階が手術室と霊安室、解剖室になっていて、当然こんな真夜中は人っ子一人いない。
「山本さん、ベッド動きますよ~。」
なんていいながら、非常灯の緑色の灯りしかない廊下をストレッチャーを押す。
いやに静か 空気も止まっている。
急に心臓がバクバクし始め、しっこちびりそうになる。
さっきまで生きていた山本さんにしがみつく。
だってさっきまで生きていたから。3枚のお札貼った山本さん。
しかしなんかちょっと冷たい山本さん。冷たくなってるよ山本さん!
もうそこからは猛ダッシュ。
霊安室のドアをバンッと開け、電気を付けストレッチャーを運び入れる。
枕元に線香を燻らし、チーン!
「山本さん!明日また!!」
エレベーターまですっ飛んでいく。転がるように。
さっき降りたとき、「開延長」のボタン押しといて良かった。
自分の頭の回転の良さに感謝しながら、3階のボタンを連打する。
やっとでエレベーターのドアが閉まり、ゆっくりと下へ下りる。
エレベーターの中の鏡に写った自分を見てまた飛び上がる。
「チン」
3階へのドアが開く。
するとそこにまた何かが(誰かが)うずくまっていたのである。
半田の上田さんであった。
完
顔には白い布巾をかけてある。
そっとお辞儀をし、病室をあとにした。
チラッと見ると娘さんが顔の布巾をめくっているのが見えた。
山本さんは大工さんだった。この温和な性格で若い人にもずいぶん慕われてきただろう。
鉋や金槌を持った逞しかったであろう腕は痩せて細くなり、今は手首にガーターベルトである。
「絆創膏、なんて言おうかな。ていうかすぐ止血するからあとでそうっとはがそう」
なんて思いながら片付けをし、主治医の死亡診断書を待っていると電話がなる。
「救急受付です。ベッド空いてませんかねぇ」
今、たった今亡くなったけど、けどまだ病室はうまっている。満床だ。
「もうどこもいっぱいなんですよ~。今一床空きましたよね?」
なんて無情なやつらなんだ。ハイエナか。
主治医が憐れみを浮かべた表情でこちらを見ている。
「わかりました。もうしばらく待ってください。折り返し連絡します。」
はっきり言って一段落ついたので、ちょっと座ってお茶でも飲みたい。
世は無情だ。
主治医からご家族に朝お迎えが来るまでの間、霊安室へ移っていただくことを説明してもらい、山本さんをストレッチャーへ移動する。
ご家族はいろいろとやることがあるので、明日朝また来ます、と言って帰ってしまわれた。
さて、6階の霊安室へ。
当然主治医が一緒にストレッチャーを押してくれるだろう。
甘かった。
今夜の当直医はハズレ医だったのである。
「ごめん。(救急)応援呼ばれたから、ひとりで行けるよね?」
いつの世も無情である。
エレベーターの6Fを押す。
「山本さん」
チラッと四角布をめくると3枚の絆創膏。
「山本さん、怒ってないよね?」
3枚の絆創膏は3枚のお札に見えた。
明日朝めくろう、と思い直し四角布をそっとかぶせる。
「チン」
6階へのドアが開く。
この病院は6階が手術室と霊安室、解剖室になっていて、当然こんな真夜中は人っ子一人いない。
「山本さん、ベッド動きますよ~。」
なんていいながら、非常灯の緑色の灯りしかない廊下をストレッチャーを押す。
いやに静か 空気も止まっている。
急に心臓がバクバクし始め、しっこちびりそうになる。
さっきまで生きていた山本さんにしがみつく。
だってさっきまで生きていたから。3枚のお札貼った山本さん。
しかしなんかちょっと冷たい山本さん。冷たくなってるよ山本さん!
もうそこからは猛ダッシュ。
霊安室のドアをバンッと開け、電気を付けストレッチャーを運び入れる。
枕元に線香を燻らし、チーン!
「山本さん!明日また!!」
エレベーターまですっ飛んでいく。転がるように。
さっき降りたとき、「開延長」のボタン押しといて良かった。
自分の頭の回転の良さに感謝しながら、3階のボタンを連打する。
やっとでエレベーターのドアが閉まり、ゆっくりと下へ下りる。
エレベーターの中の鏡に写った自分を見てまた飛び上がる。
「チン」
3階へのドアが開く。
するとそこにまた何かが(誰かが)うずくまっていたのである。
半田の上田さんであった。
完
Posted by 女神ちゃん at
◆2010年11月18日22:57
│看護婦シリーズ